平胡簶HIRAYANAGUI


平胡簶の類例と系譜
平胡簶は、古墳時代後期前葉(6世紀前葉の継体朝)に出現した、当時の新たなヤマト政権との政治的関係性を象徴する装飾付の矢入れ具です。
全国の有力首長墓から出土する本器は、政権から特定首長への配布品と考えられており、その確認例は全国で約30例と極めて希少です。
従来の資料では、出土した金属製の金具類とそこに付着したわずかな痕跡から全体の復元案を推測するほかなく、その具体的な内部構造や全体像は未解明のままでした。
これに対し、島内139号地下式横穴墓から出土した平胡簶は、金具類だけではなく、それを付設した状態の底板、本体の大部分を構成していたとみられる毛皮の一部、
さらには表面を彩っていた織物による装飾に至るまで、極めて良好な状態で遺存していました。
鉄器の錆(酸化鉄)が有機物をコーティングしたことで奇跡的に保存されたものであり、これまで謎に包まれていた本武具の構造や、当時の高度な製作技術・装飾技法をほぼ完全に解明しうる、学術的に唯一無二の実物資料となっています。
本形式は、のちの奈良時代における正倉院宝物や、平安時代前半の春日大社宝物へと繋がる宮廷儀礼用武具の「出現期」にあたる重要な資料です。
これら国宝級の伝世宝物へと至る系譜的連続性を、古墳時代の遺跡出土品から直接検証できる事例は全国的にも本墓の出土品しか存在せず、古代日本の武具変遷史および政治外交史を紐解く上で、第一級の価値を有する歴史的資料として位置づけられます。
【 平胡簶一覧表 】
| 地名 | 古墳名 | 鉄地金銅張製金具 | 鉄製 金具 | 鉄鏃編年 (段階) | 須恵器編年 (段階) | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 両端 傾斜 | 鋲列 | 文様 | 長さ | 木材 | |||||
| 福島 | 餓鬼堂27号横穴 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
| 栃木 | 星の宮古墳 | 〇 | 2 | 波状列点文 | 残存長27㎝ | 〇 | × | 後期2 | 出土せず |
| 千葉 | 山王山 | 〇 | 2 | 波状列点文 | 残存長30.4㎝ | 〇 | 〇 | 後期1 | 出土せず |
| 京都 | 女谷B支群18号横穴 | 〇 | 2 | 波状列点文 | 残存長37㎝ | × | 〇 | 後期3 | 飛鳥Ⅰ新相 |
| 京都 | 柿谷1主体部 | 〇 | 2 | 点列 | 残存長34㎝ | 〇 | 〇 | 後期2 | TK10新-TK43 |
| 京都 | 黒土1号 | 〇 | 3 | 波状列点文 | 残存長13.2㎝ | × | 〇 | 後期2 | TK43 |
| 奈良 | 珠城山1号 | 〇 | 2 | 波状列点文 | 残存長41㎝ | × | 〇 | 後期1 | TK10新 |
| 奈良 | 巨勢山ミノ山2号 | 〇 | 2 | 菱形文 | 全長31㎝ | 〇 | 〇 | ? | TK43-209 |
| 奈良 | 巨勢山ミノ山13号 | 〇 | 2 | ? | 全長33㎝ | ? | 〇 | ? | ? |
| 奈良 | 笛吹3号 | ? | 2 | ? | ? | ? | 〇 | ? | ? |
| 奈良 | 笛吹17号 | ? | 2 | ? | ? | ? | 〇 | ? | ? |
| 奈良 | 沼山 | 〇 | 2 | なし | 残存長33㎝ | ― | 〇 | 後期 1 | TK10新 |
| 大阪 | 牛石7号(高塚山) | ― | 2 | なし | 残存長22㎝ | ― | × | 後期 1 | TK10新 |
| 岡山 | 西山3号 | 〇 | 2 | なし | 残存長19.2㎝ | × | × | 後期 1 | TK10新-TK43 |
| 福岡 | 桑原石ヶ元7号 | 〇 | 3 | なし | 残存長13.2㎝ | 〇 | × | 後期 1-2 | TK43 |
| 熊本 | 上高橋堂園遺跡 | 〇 | 3 | 鉄製 | ― | ― | ― | ― | TK43 |
| 宮崎 | 島内139号 | 〇 | 2 | 波状列点文 | 全長33.4㎝ | 〇 | 〇 | 後期1 | |
※一部抜粋。土屋隆史 2013「平胡籙の出現過程」、『技術と交流の考古学』同成社等をもとに作成。
鹿児島大学総合研究博物館 橋本達也教授 講演会より
鹿児島大学総合研究博物館 橋本達也教授 講演会より

胡簶(やなぐい・ころく)とは
胡簶(やなぐい・ころく)とは矢を入れて携帯するための道具のことです。筒形のものと幅広の平面的な ものがあり、平らなものを平胡簶と呼んでいます。
2014年度の島内139号墓の発掘調査では、羨道からみて玄室の右側奥、1号被葬者の右足もとで矢を入れ る武具の平胡簶が出土しました。そして2016年度に科学分析・保存処理を行っています。
この平胡簶は玄室奥側に底板があり、その手前から収納されていた矢の鉄鏃(矢じり)が54本出土しまし た。そして、1号被葬者に沿って背板部の枠材が確認され、さらに手前側では黒漆を塗った矢羽根周辺部が 見つかっています。
平胡簶の底板は木製です。前面には金銅板(銅に金メッキした板)、背面には鉄板の金具をつけています。 この両金具には、毛のない革を金具から下の底部に、獣毛付の皮を金具から上に出るように挟んでいます。 また金銅板の縁を飾るための繊維も挟んでいます。
表面の金銅板は銀の薄板を被せた鉄製鋲で、背面の鉄板は鉄製の鋲で留められています。
底板は横幅33.4cm、前後幅3.6cm、高さ2cmです。また矢の長さは約80cm、背板枠材はそれより少し低い とみられます。
枠材は厚みのある木材で、底板とは直接結合していません。そのため、皮を介して結合したと考えています。 また鉄鏃の付近には平絹とみられる繊維があり、緒(ひも)などであろうと考えられます。